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アニメ育ちの日本人は、発想が飛んで話がつながっても結構ついていけます。一方、映画育ちの欧米人(主にアメリカ人)は、結構まじめというか、日本人から見ると頭が固いというか、理屈、ロジックを世界観に求めてきます。
何のことを言っているかというと…、最近のゲーム制作事情です。今、幾つか国をまたいだゲーム制作現場で、繰り返し繰り返し問題になるのがこの世界観の違いです。例えば、巨大モンスターに巨大な剣が刺さっていたとします。日本のゲームデザインチームにとっては、アートワークがかっこいいと、ドラマチックな効果もあるためにあまり問題にされないことが多いのですが、米国になると、「一体誰がこの剣を刺したのか?」 「人間が扱うには大きすぎる」ということにすぐ気がつき、気になってしょうがなくなることもあるようです。
女性キャラクターも、日本的なかわいさがかなりのケース、(米国では)致命傷の欠点になることも多いようです。変にかわいいとゲームがまじめでないと取られたり、色気の方向によっては、作り手にその意思がなくても、キャラクターをゲイっぽい亜流として捉えるのです。また、コマーシャルの観点からはアニメ顔とリアル顔の微妙なバランスが難しい。この日米ギャップですが、ボーダレスの時代に反してどんどん広がっているようにも思えます。
クリエイティブに関する価値観でも日本はガラパゴス化しているようです。
— 2009年03月 | デジタル・バックパッカー・社長BLOG (via petapeta)
(jumitakaから)
— Twitter / Hiro_Not (via ajinotatakinamennna)
(igiから)





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「チタンダエル大行進」/「でんでん」のイラスト [pixiv]](http://25.media.tumblr.com/tumblr_m4xwsuUlsH1qz53a8o1_500.jpg)